シゲル博士のFX研究室

最終更新日 : 2020/02/11

為替単純RWモデルに対する単純売買手法 : 合計収支の期待値

Models & Methods

為替差益の期待値$\braket{P_{N}}$と含み益の期待値$\braket{Q_{N}}$

為替差益$P_{N}$と含み益$Q_{N}$の期待値を計算しよう.$P_{N}$と$Q_{N}$は共に$u$(と$N$)のみの関数であるから,計算は簡単である.

$N$ステップの単純ランダムウォークで$+1$が$u$回出る確率$p(N; u)$は,

\[ p(N; u) = \frac{{_{N}}C_{u}}{2^{N}} = \frac{1}{2^{N}}\frac{N!}{u!d!} = \frac{1}{2^{N}}\frac{N!}{u!(N – u)!} \ , \]

で与えられる.

$\braket{P_{N}}$の計算

為替差益$P_{N}$の期待値$\braket{P_{N}}$を計算しよう.期待値の定義から,

\[ \braket{P_{N}} = \sum_{u = 0}^{N} p(N; u) \, \text{min}(u, d) = \frac{1}{2^{N}} \sum_{u = 1}^{N – 1} \frac{N!}{u!d!} \, \text{min}(u, d) \ . \]

ここで,$u = 0$や$u = N \, (d = 0)$の場合には$P_{N} = 0$なので,和の範囲は$\displaystyle{\sum_{u = 1}^{N – 1}}$とした.

この計算を実行するためには,$N$が奇数の場合と偶数の場合とに分けて考える必要がある.和の計算はややテクニカルであるが,難しくはない.$u$と$d \, (= N – u)$の対称性に着目して計算を行う.

まず,$N$が奇数のとき,$N = 2M – 1$と書くと,

\begin{align*} \braket{P_{N}} &= \frac{1}{2^{N}} \sum_{u = 1}^{N – 1} \frac{N!}{u!d!} \, \text{min}(u, d) \\ &= \frac{1}{2^{N}} \left[ \sum_{u = 1}^{M – 1} \frac{N!}{u!d!} \cdot u + \sum_{d = 1}^{M – 1} \frac{N!}{u!d!} \cdot d \right] \\ &= \frac{2}{2^{2M – 1}} \sum_{u = 1}^{M – 1} \frac{(2M – 1)!}{u!(2M – 1 – u)!} \cdot u \\ &= \frac{1}{2}(2M – 1) – \frac{M}{2^{2M}}\frac{(2M)!}{(M!)^{2}} \ , \end{align*}

と計算できる.

次に,$N$が偶数のとき,$N = 2M$と書くと,

\begin{align*} \braket{P_{N}} &= \frac{1}{2^{N}} \sum_{u = 1}^{N – 1} \frac{N!}{u!d!} \, \text{min}(u, d) \\ &= \frac{1}{2^{N}} \left[ \sum_{u = 1}^{M – 1} \frac{N!}{u!d!} \cdot u + \sum_{d = 1}^{M – 1} \frac{N!}{u!d!} \cdot d + \frac{N!}{(M!)^{2}} \cdot M \right] \\ &= \frac{1}{2^{2M}} \left[ 2 \sum_{u = 1}^{M – 1} \frac{(2M)!}{u!(2M – u)!} \cdot u + \frac{(2M)!}{(M!)^{2}} \cdot M \right] \\ &= M – \frac{M}{2^{2M}}\frac{(2M)!}{(M!)^{2}} \ , \end{align*}

と計算できる.

これらの表式は,$N$が偶数でも奇数でも,ガウス記号$[\dots]$を用いて$M \equiv [(N + 1) / 2]$を定義すれば,

\[ \braket{P_{N}} = \frac{N}{2} – \frac{M}{2^{2M}}\frac{(2M)!}{(M!)^{2}} \ , \]

とまとめることができる.$N$が奇数のとき,$N = 2M + 1$ではなく$N = 2M – 1$と書くことで,このように奇数と偶数の表式をまとめて書くことができる.

$\braket{Q_{N}}$の計算

次に,含み益$Q_{N}$の期待値を計算しよう.

\begin{align*} \braket{Q_{N}} &= \sum_{u = 0}^{N} p(N; u) \left[ -\frac{1}{2}|r|(|r| + 1) \right] \\ &= -\frac{1}{2^{N}} \cdot \frac{1}{2} \sum_{u = 0}^{N} \frac{N!}{u!d!} \cdot |u – d|(|u – d| + 1) \ . \end{align*}

先ほどと同様に,$N$が奇数の場合と偶数の場合とに分けて計算する.

まず,$N$が奇数のとき,$N = 2M – 1$と書くと,

\begin{align*} \braket{Q_{N}} &= -\frac{1}{2^{2M – 1}} \cdot \frac{1}{2} \left[ \sum_{u = 0}^{M – 1} + \sum_{d = 0}^{M – 1} \right] \frac{(2M – 1)!}{u!d!} |u – d|(|u – d| + 1) \\ &= -\frac{1}{2^{2M – 1}} \sum_{u = 0}^{M – 1} \frac{(2M – 1)!}{u!(2M – 1 – u)!} (2M – 1 – 2u)(2M – 2u) \\ &= -\frac{1}{2}(2M – 1) – \frac{M}{2^{2M}}\frac{(2M )!}{(M!)^{2}} \ , \end{align*}

と計算できる.

次に,$N$が偶数のとき,$N = 2M$と書くと,

\begin{align*} \braket{Q_{N}} &= -\frac{1}{2^{2M}} \cdot \frac{1}{2} \left[ \sum_{u = 0}^{M – 1} + \sum_{d = 0}^{M – 1} \right] \frac{(2M)!}{u!d!}|u – d|(|u – d| + 1) \\ &= -\frac{1}{2^{2M}} \sum_{u = 0}^{M – 1} \frac{(2M)!}{u!(2M – u)!}(2M – 2u)(2M – 2u + 1) \\ &= -M – \frac{M}{2^{2M}}\frac{(2M)!}{(M!)^{2}} \ , \end{align*}

と計算できる.

$\braket{P_{N}}$の場合と同様に,$M \equiv [(N + 1) / 2]$を定義すれば,

\[ \braket{Q_{N}} = -\frac{N}{2} – \frac{M}{2^{2M}}\frac{(2M)!}{(M!)^{2}} \ , \]

と,$N$が奇数の場合と偶数の場合とをまとめることができる.

$\braket{P_{N}}$と$\braket{Q_{N}}$は,第1項の符号が異なり,第2項は互いに等しい.$P_{N}$と$Q_{N}$の定義を見比べる限り,この結果は非自明なものである.(もしかすると背後になにか対称性のようなものがあるのかもしれない)

合計収益の期待値$\braket{P_{N} + Q_{N}}$

興味がある量は,為替差益$P_{N}$と含み益$Q_{N}$の合計収益$P_{N} + Q_{N}$である.この期待値$\braket{P_{N} + Q_{N}}$は,上で得た結果を足し合わせればよい.

$N$が奇数でも偶数でも,$M \equiv [(N + 1) / 2]$を定義すれば,

\[ \braket{P_{N} + Q_{N}} = \braket{P_{N}} + \braket{Q_{N}} = -\frac{2M}{2^{2M}}\frac{(2M)!}{(M!)^{2}} \ , \]

となる.$N$に比例する$\braket{P_{N}}$と$\braket{Q_{N}}$の第1項はキャンセルする.

したがって,為替単純ランダムウォークモデルに対する単純売買手法の期待利回りは負となり,期待値に着目する限り,この手法は残念ながら有用ではないことがわかる.

$\braket{P_{N} + Q_{N}}$の漸近的な振舞い

為替差益と含み益の合計収益の期待値$\braket{P_{N} + Q_{N}}$が負になることを計算で示した.この合計収益(この手法では損失)が,時間に対してどのように増加していくのかを見てみよう.そのために,$N$が大きい時の$\braket{P_{N} + Q_{N}}$の振舞いを評価する.

階乗$n!$に対してStirlingの近似

\[ n! \sim \sqrt{2\pi n} \left( \frac{n}{e} \right)^{n} \ , \]

を用いれば,$\braket{P_{N} + Q_{N}}$は$N \, (M)$が大きいとき,

\[ \braket{P_{N} + Q_{N}} = -\frac{2M}{2^{2M}}\frac{(2M)!}{(M!)^{2}} \sim -2\sqrt{\frac{M}{\pi}} \simeq -\sqrt{\frac{2N}{\pi}} \ , \]

と評価できる.したがって,$\braket{P_{N} + Q_{N}}$の大きさはステップ(時間)の平方根に比例して増加する.

単純にナンピンを繰り返すと為替レートの変動の2乗に比例して損失が膨らむ.これが無計画なナンピンはいつか破綻するとよく言われる理由であろう.しかし,為替レートの変動(の標準偏差)は時間の平方根に比例するので,ナンピンによる損失の拡大は時間にほぼ比例する($\braket{Q_{N}}$の表式を見よ).さらに,細かく利確を繰り返すことで,含み損の時間に比例して増加する部分は為替差益によってキャンセルし,時間の平方根に比例する弱い時間依存性のみが残る.直感的に「2乗」で増えていきそうなナンピンによる含み損の増加は,実際には「平方根」程度に抑えることができ,実は単純な売買手法でも,それほど大きいものではない.

FXで月平均5万円・年利20%の利益を継続中(元本300万円)。感情を排除し、為替データの統計分析のみに基づき淡々とトレードするスタイル。FX歴6年の理学博士(専門:理論物理学)。「FXを科学する」