最終更新日 : 2020/02/11
為替単純RWモデルに対する単純売買手法
最も簡単な為替変動のモデルである為替単純ランダムウォークモデルに対して,有効なトレード手法を探したい.
まずは,最も簡単な手法の例として,レートが上がれば($+1$が出れば)売り,下がれば($-1$が出れば)買うという取引手法について議論する.これを「単純売買手法」と呼ぶことにしよう.なお,各売買での取引量は一定とする.スワップポイント(金利)やスプレッド(手数料)の影響は,ひとまず置いておく.
一回の決済で得られる利益を1単位(以降,単に「1」)とする.興味がある量は,$N$ステップ後の為替差益$P_{N}$と含み益$Q_{N}$である.この手法では常に含み損を抱えることになるので,$Q_{N} \le 0$である.
予め結果を簡単に述べておくと,この手法では為替差益と含み益(含み損)の合計の期待値は負でステップ数(時間)の平方根に比例するが,中央値は正でステップ数(時間)に比例して増加する.
合計収益の期待値が負であるという点のみを見れば,この手法はあまり有用とは言えない.しかし,合計収益は50%以上の確率で正となる(中央値が正なので)ことから,そこまで悪い手法というわけでもなさそうである.
ここでは非常に単純化した為替変動のモデルを考えているから,そのモデルに対する手法の良し悪しをあまり厳密に捉えすぎてもよくない.ここでこの手法を取り上げて議論するのは,計算が簡単で,あとで他のモデルや手法を扱うための良い計算練習になるからだと思っておけばよい.
為替差益$P_{N}$と含み益$Q_{N}$の計算
$N$ステップで$+1$が$u$回,$-1$が$d \, (= N – u)$回出たとする.
単純売買手法では,為替差益$P_{N}$と含み益$Q_{N}$は,共に$u$(と,もちろん$N$)だけの関数となり,途中の経路に依らない.この性質が,このあとの計算を圧倒的に簡単にする.
$P_{N}$の計算
まず,為替差益$P_{N}$は次のように計算できる.単純売買手法では,$+1$の後に$-1$が出た場合と,$-1$の後に$+1$が出た場合とでは,同じ為替差益が生じる.したがって,$P_{N}$は$+1$が出た回数$u$のみに依存し,その値は$+1$と$-1$を自由に並べ替えてから計算すればよい.
例えば,$+1$が$-1$よりも多く出た場合($u > d$),はじめに$u$個の$+1$を並べ,そのあとに$d \, (= N – u)$個の$-1$を並べる.この時,$u$個の保有ポジションのうち$d$個が決済されるから,利益は$d$となることがわかる.$u < d$の場合は,はじめに$-1$,あとから$+1$を並べることで,利益は$u$になることが同様にしてわかる.
結局,$N$ステップの単純ランダムウォークで$+1$が$u$回,$-1$が$d \, (= N – u)$回だった場合,得られる為替差益は$u$と$d$の小さい方となる.これを式で書けば,
\[ P_{N} = \text{min}(u, d) = \text{min}(u, N – u) \ , \]
である.ここで,$P_{N}$は$u$の関数なので,$P_{N}(u)$などと書くべきかもしれないが,混乱の心配がない場合には省略する.
$Q_{N}$の計算
次に,含み益$Q_{N}$を計算する.$N$ステップ後の相対為替レートを$r \equiv u – d$と書こう.
単純売買手法では,この相対為替レートの絶対値$|r| = |u – d|$が,決済されずに保有しているポジションの数を表す.もちろん,$r > 0$なら売ポジション,$r < 0$なら買ポジションを保有している.
元のレート(原点$0$)と現在($N$ステップ後)の相対レート$r$の間で売買したポジションが決済さずに残っている.含み益(この手法では必ず負になる)は,ポジションの建値と現在のレート$r$との差であるから,全てのポジションの含み益を合計することで,
\[ Q_{N} = -\frac{1}{2}|r|(|r| + 1) = -\frac{1}{2}|u – d|(|u – d| + 1) \ , \]
が得られる.三角形の面積を求める計算と同じである.図を描けば容易に理解できるが,面倒なので省略する.
先にも述べたように,この手法は常に含み損を抱えるので,$Q_{N} \le 0$である.含み損はレートの変動に対して二次関数的に増加することになる.